養鶏歴(ニワトリを育てて)45年
たまごと卵菓子を販売する「たまごの樹」。
その原点は45年以上の歴史を持つ養鶏場。
そして開拓者精神です。
始まりは大張野大地の開拓でした。
終戦後、青森県出身の初代当主瀧田勘吉が大陸からの引揚者とともに現在の秋田市河辺大張野地区に入植し、1人4町歩の山林を開拓しました。最初は小豆、大豆、野菜の生産、のちに酪農を始めたことが記録に残っています。
昭和40年養鶏業を開始
昭和40年ごろに、酪農経営から養鶏業に転換し100羽から生産を開始しました。
その後生産羽数を1万羽に拡大し、同時に鶏糞を利用し長芋やゴボウ、ブロッコリー、白菜、キャベツ等を生産。養鶏、野菜の複合経営を20数年続けました。
平成9年に法人化
平成7年、初代当主が急死した後、養鶏、野菜の複合経営から養鶏(採卵鶏)単独に切り替え、平成9年に有限会社瀧田養鶏場を設立しました。
「たまごの樹」のお菓子は卵本来のおいしさを大切に作っています。
(有)瀧田養鶏場の直売部門として平成16年に設立したのが「たまごの樹」です。
看板商品のシュークリームとプリンは、卵本来のうまみを生かした味わいが好評で、地元のお客様を中心に次第に人気が出て来ました。
一方では新鮮な卵や鶏肉を利用した加工品、卵関連商品の開発にも取り組み、たまご屋らしさを表現する商品として地元秋田だけでなく全国の方々にもご愛願頂いています。
「たまごの樹」という名前は、たまごを生産するうえで必要な飼料と関係があります。
育てている鶏には、よもぎ、海藻、炭(木酢)、唐辛子、にんにく、珊瑚の化石などの餌を与えています。特に炭(木酢)はたまごの生臭さをなくし、甘みと、コクを出すのに重要な役割をもっています。販売しているたまごは炭という森の恵みをもらい、そのおいしさを出していることから「樹林の恩恵を受けた卵」。それは「樹のたまご」。そこから生き物は自然と常に繋がっている。そのような思いから「たまごの樹」と名付けました。
日本の気候風土にあった後藤孵卵場の国産鶏種「もみじ」と「さくら」
私たちは卵を生産し販売していく中で、日本の農業を守り発展させて行くには、どのようなことが大切かを考えるようになりました。そして日本人が食べる農産物は、国内で生産された安全で新鮮な食品を提供することが、重要であると言う結論に達したのです。
それまで国内で飼養されていた庭鶏はほとんどが外国鶏種でした。私たちは国内で鶏の育種改良をしている後藤孵卵場のことを知り、そこで販売している国産鶏種の「もみじ」と「さくら」を育てその卵を販売することにしました。
卵のおいしさを伝えるためお菓子や加工品の製造に取り組み始めました。
そして国産鶏種「もみじ」と「さくら」が産んだ卵を生卵として販売するだけでなくて、より卵のおいしさを表現したいという思いからお菓子、スイーツの取り組みを始めました。
経験豊かな先輩たちに指導して頂きながら、昔から伝わる製法を大事にし、菓子作りに挑戦しています。毎日が試行錯誤の連続で、失敗もありましたが、卵という食材にこだわり、納得のいくものだけをお客様に紹介していきたいと思っています。

卵専門店「たまごの樹」では卵とお菓子だけでなく家庭で喜ばれる卵関連商品も。
「たまごの樹」から生まれた商品も増えつつあります。たまごかけご飯専用醤油「黄身といつまでも」オムライス専用トマトミックスソース「コケチャップ」たまごかけご飯専用ふりかけ「ふりたま」等、卵と関連した商品をお客様とともに考え、作ってきました。
2店舗目の追分店では卵とお菓子だけでなくレストランも。
平成20年潟上市天王に2号店をオープンしました。地域からの出店の要望もありオープン日には多数のお客様からご来店いただきました。「たまごの樹」追分店では、たまごとお菓子だけでなく、卵料理を出すレストランも併設しています。特にオムライスは好評で追分地区以外の方からもご来店いただいております。
たまごの樹では多彩なイベントを開催しています。
毎年春と秋に大型イベントの「農場祭」を行っています。年2回開催のたまご爪楊枝立て選手権。ニワトリたまごお絵かき大会。たまごの殻に絵を描く「絵つけ教室」等多彩な催しを行っています。今後は追分店を利用してお菓子作り教室や、クラシックコンサートなども予定しています。

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